太占をたずねて、武蔵御嶽神社から一之宮貫前神社へ

みなさん、こんにちは!
フォーチュンネイジュの松田叡見以(エイミー)です。

今日は、神社のお話です。

みなさんは太占(ふとまに)神事をご存じですか?

私は毎年、武蔵御嶽神社へお詣りし、太占の結果をいただいています。

太占とは、その年の農作物の出来具合を占う、古くから伝わる神事です。

武蔵御嶽神社では、太占祭の結果が紙に記されており、早稲、おくて、粟、きび、じゃがいも、人参など、作物ごとの実りの見通しを知ることができます。

現代に生きる私たちは、天候も作物も、数字やデータで見ることに慣れています。

けれど、昔の人々にとって、作物の実りは命そのものでした。

雨が降るか。
日照りは続くのか。
穀物は実るのか。
人々が無事に一年を過ごせるのか。

太占には、自然とともに生きてきた日本人の祈りが込められているように感じます。

宮司さんのお話によれば、東日本大震災の年はこの太占の結果はとても悪かったそうです。

今回私は言った見たい神社の一つ・・・群馬県富岡市に鎮座する、一之宮の貫先神社(ぬきさきじんじゃ)へご縁がつながりました。

目次

一之宮貫前神社へ

一之宮貫前神社は、群馬県富岡市一ノ宮、蓬ヶ丘(よもぎがおか)と呼ばれる丘陵の北斜面に鎮座しています。

このあたりは、俗に菖蒲谷、または綾女谷(あやめだに)ともいわれる渓間で、神社は南面して建てられています。

南の参道をのぼって総門へ至り、そこから石段をくだった位置に社殿があります。

いわゆる「くだり参道」です。

一般的な神社では、参道を進み、上へ上へとのぼっていく印象がありますが、貫前神社は総門から石段をくだって社殿へ向かいます。

その造りがとても印象的で、境内に入った瞬間から、独特の神気を感じました。

そして、夏越の大祓(なごしのおおはらえ)の茅の輪、手水舎のアジサイ・・・何とも素敵でした。

神社の入口に立つだけで、この地が長く大切に守られてきた場所であることが伝わってきます。

貫前神社のご由緒

貫前神社の創立は、社伝によると安閑天皇の元年、西暦531年とされています。

はじめは鷺宮(さぎのみや)、現在の安中市に、物部姓礒部氏が氏神である経津主神(ふつぬしのかみ)をお祀りしたことに始まると伝えられています。

その後、鷺宮の南方にあたる現在の社地に社を定めたとされています。

主祭神は、経津主神。

武神、刀剣の神として知られ、物部氏とも深い関わりを持つ神様です。

天武天皇の時代には、初めて奉幣があったと伝えられています。

奉幣とは、天皇の命により神社に幣帛を奉ることです。

つまり、その時代にはすでに、遠く奈良の都にまで貫前神社の存在が知られていたということになります。

また、醍醐天皇の時代に編纂が始まった『延喜式』の中の『神名帳』にも記載され、上野国一之宮として、朝廷からも民間からも厚い崇敬を集めてきました。

明治時代に定められた社格では国幣中社とされ、群馬県内では最高位の神社でした。

戦後、社格制度が廃止された後は、「一之宮貫前神社」として現在に至っています。

歴史をたどっていくと、ただ古い神社というだけではなく、この土地、この地域、そして国の祈りと深く結びついてきた神社であることがわかります。
出典)貫先神社

貫前神社の御筒粥之神事

私は貫前神社で、太占の結果についてお尋ねしました。

すると、貫前神社では、武蔵御嶽神社でいただいているような形を「太占」と呼ぶのではなく、毎年1月に執り行われる「御筒粥之神事」の中で、その年の穀物の取れ高を占うものだと教えていただきました。

御筒粥之神事は、小豆粥を中心とした神事です。

粥の状態を見て、その年の農作物の出来を占っていくもののようです。

ありがたいことに、その結果が記された紙をいただくことができました。

武蔵御嶽神社でいただく結果と同じように、作物ごとの見通しが記されていました。

同じように「その年の実りを占う」ものでありながら、神社によって神事の形も、呼び方も違う。

そこに、伝統というものの奥深さを感じました。

一方で、鹿骨を使った亀甲占いのような太占については、貫前神社では結果を公表していないとのことでした。

それを伺って、私は、もしかすると貫先神社では、国の行く先や世の中の大きな流れのようなものを太占で占っているのではないかと感じました。

もちろん、詳しいことはわかりません。

けれど、古くから続く神事には、表に出るものと、出ないものがあるのだと思います。

見えるものだけがすべてではない。

神社には、そのような深い世界が今も静かに息づいているのだと感じました。

神社には神気がある

私は、神社には神気というものがあると思っています。

有名だからよい。
大きいからよい。
歴史が古いからよい。

もちろん、それも大切なことです。

けれど本当に大切なのは、その場所に立ったとき、自分の氣と合うかどうかではないでしょうか。

境内に入った瞬間、空気が変わる。
心が静かになる。
またここへ来たいと思う。
理由はうまく言葉にできないけれど、体の奥で何かを感じる。

それが、その神社の神気に触れるということなのだと思います。

貫前神社は、まさにそのような場所でした。

立派な鳥居、くだり参道、静かな社殿、そして長い歴史。

そのすべてが重なり合って、この神社ならではの氣をつくっているように感じました。

歴史を紐解くと、見えてくるものがある

貫前神社の由緒をたどると、物部氏、礒部氏、経津主神という名前が出てきます。

ひとつの神社にお詣りすることは、ただ手を合わせるだけではありません。

その土地の歴史を知ること。
祀られている神様を知ること。
その地域を守ってきた人々の流れを知ること。

そこまで少しずつ紐解いていくと、見えてくるものがあります。

なぜこの神様が、この土地に祀られたのか。
なぜこの神事が、今も残されているのか。
なぜこの場所に、特別な空気があるのか。

歴史は、ただの知識ではありません。

その土地に流れている氣を読むための、大切な手がかりでもあります。

AIが進化しても、足で動き、心で感じること

今は、AIに聞けば多くのことがすぐにわかる時代です。

神社の由緒も、神様の名前も、神事の概要も、調べれば一瞬で出てきます。

けれど、実際にその場所へ行き、参道を歩き、空気を感じ、神職の方にお尋ねし、自分の目で確かめることでしか得られないものがあります。
(神職がいらっしゃらない神社も多いですが・・・)

武蔵御嶽神社で毎年いただいている太占の結果。

そして今回、貫前神社でいただいた、御筒粥之神事による穀物の占い。

さらに、結果が公表されない太占の存在。

二つの神社を自分の足でたずねたことで、私は改めて思いました。

学ぶということは、情報を集めることだけではありません。

足で動くこと。
心で感じること。
感じたことを、自分の中で考え続けること。

どれほどAIが進化しても、この学び方だけは、人間にしかできないものだと思います。

神社へお詣りすることは、開運のためだけではありません。

自分の感性を取り戻すこと。
土地と歴史に触れること。
そして、見えないものを感じる力を育てること。

今年もまた、太占と御筒粥之神事を通して、自然と祈りと日本の古い叡智に触れることができました。

私は年に何回か・・・皆さんと神社へお参りするイベントを開催しています。
神社に興味がある方、運の流れを暮らしの中で感じてみたい方は、ぜひ開運散歩会にもご参加ください。

実際に歩いてみることで、知識だけではわからないものが、きっと見えてくると思います。
開運散歩会

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